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東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)80号 判決 1971年3月30日

原告 小島英吉

訴訟代理人弁護士 小沢茂

佐藤義弥

斉藤義雄

被告 東京都固定資産評価審査委員会

右代表者委員長 青柳忠夫

右指定代理人 竹村英雄

<ほか一名>

主文

被告が昭和三九年六月一五日付でした原告の納付すべき同年度の固定資産税に係る東京都荒川区町屋二丁目一〇番七宅地四四・七五坪(一四七・九三平方メートル)の固定資産課税台帳に登録された価格についての原告の審査申出に対する棄却決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

主文と同旨の判決

(被告)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二原告主張の請求原因

原告は、東京都荒川区町屋二丁目一〇番七宅地四四・七五(一四七・九三平方メートル)の土地登記簿にその所有者として登記された同固定資産に関する固定資産税の納税義務者であるが、その納付すべき昭和三九年度の固定資産税に係る右固定資産につき東京都知事により決定されて固定資産課税台帳に登録された価格一二三万四、一二〇円に不服であったので、昭和三九年四月三〇日被告委員会に対し審査の申出をしたところ、被告委員会は、同年六月一五日付で該審査の申出を棄却する旨の決定をした。

しかし、右棄却決定は、左に述べる理由によって違法である。すなわち、

(一)  (根拠法条の違憲性)

地方税法三四二条一項(七三四条一項)は、都に対して固定資産税の課税権を付与し、同法三四三条は、固定資産の所有者に対して、その所有目的の如何を問うことなく、一律に固定資産税の納税義務を課し、しかも、同法三五〇条は、標準税率一〇〇分の一・四なる比例税率を定めているが、かかる大衆課税は、居住の目的のみで土地、家屋を所有しているにすぎない低所得者の実質的収入を著しく低減せしめ、その健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を奪うものであり、また、同法三四九条の三ないし五は、大規模償却資産に対する課税標準等の特例を設けて、一般の固定資産の課税標準等に比し大幅な軽減を図っているが、これは、明らかに差別的な取扱いであるので、これらの規定は、憲法二五条、一四条に違反し、無効であるというべきである。

(二)  (手続法上の瑕疵)

(1)  被告委員会は、その口頭審理において原告から登録価格決定の根拠ないし関係資料を明示すべき要求があったにもかかわらず、これに応ぜず、また、現場調査にしても、申請人たる原告に対して立会の機会を与えることなく、都関係者のみの立会によって行なわれたにすぎない。さらに、被告は、口頭審理において、都知事の提出した答弁書や現場調査の調書等の写を原告に送付せず、関係書類の口頭審理への上程さえしなかった。

(2)  本件棄却決定には、「固定資産の価格を決定するにあたっては、地方税法第四〇三条により、固定資産評価基準(昭和三八年一二月二五日自治省告示第一五八号、以下同じ。)によって行なうものとされ、この基準には土地の価格は売買実例価格から評定するものとされている。」との理由が付記されているが、かかる理由は、単に前記土地の価格が法律の規定に従って評価されたというにとどまり、評価の具体的根拠を示すものでないから、本件棄却決定は、理由の付記を欠くものというべきである。

(3)  原告の審査申出の過程において、都の担当職員が原告の固定資産課税台帳の縦覧を妨害したり、審査申出用紙の交付申請に容易に応ぜず、また、登録価格決定理由の開示を拒否する等の違法行為が存存していたにもかかわらず、本件棄却決定は、かかる違法行為を看過してなされたものである。

(三)  (実体法上の瑕疵)

東京都知事の行なった前記土地(固定資産)の価格の決定は、自治大臣の定めた固定資産評価基準により、予め付設された評点数に標準宅地の売買実例から評定された時価を基礎として算出された評点一点当たりの価額を乗じて求められたものであるが、評点一点当たりの価額算出の基礎となる標準宅地の時価の算定は、所詮、固定資産評価員の恣意的な推計によらざらるを得ないので、その客観的合理性は保し難く、現に、本件で参考にされたという三つの売買実例も、その選定がいかなる基準によってなされたかは不明であるばかりでなく、その調査も十分に行なわれず、不正常と認められる要素の控除や固定資産評価の立場からみての減算等もなされておらず、これによって算出された標準宅地の時価は、不当に高いものとなっているので、前記土地の価格は到底、同法三四一条五号所定の「適正な時価」とはいい得ない。

このことは、荒川区の幹線道路に面し、間口、奥行ともに広くて利用価値の大である東京電力株式会社所有の尾久変電所の敷地や旭電化工業株式会社の敷地等大企業の所有する土地の価格と比較すれば、極めて明らかである。そればかりでなく、もともと、適正な時価を一率に売買実例価額に求めることは、固定資産を売却のためではなく、原告のように居住のために必要最少限において所有している者にとっては、憲法の保障する最低限度の生活をすら脅かす結果となり、また、法律の改正なくして、今回のごとく固定資産の評価基準のみの変更によって一挙に従前の六倍にも及ぶ価格の決定を行なうことは、租税法律主義に違反するものというべきである。

第三被告の答弁

原告主張の請求原因のうち、口頭審理の手続が法の規定に違反してなされた点は、すべて否認するが、その余の主張事実は、いずれもこれを認める。

(一)  地方税法三四二条、三四三条、三五〇条および三四九条の三ないし五は、いずれも、固定資産税の賦課処分に関する規定であるが、本訴は、固定資産課税台帳に登録された固定資産の価格の適否を争う訴訟であって、固定資産賦課処分そのものの取消しを求めるものではないから、右各規定の違憲、無効をいう原告の主張は、排斥すべきである。

(二)  原告の審査申出の理由は、「原告は本件土地を売るために所有しているのではないから、売買実例価額で評価するのは、全く根拠がないこと、地代や家賃の値上げを招く新評価は、不当であること、売買実例価格はあくまで推定であり、仮定であるから、そのようなものによって評価するのは、法治国のやることではないこと、土地以外に財産や収入のないものに固定資産税を賦課するのは、私有財産制度の否定であること」等極めて抽象的な事由にすぎなかったが、被告委員会は、直ちに価格決定の経緯について調査を行なうとともに、土地の実情を知るため昭和三九年五月一二日現地に赴いてその位置、形状、面接する道路の幅員、附近の土地の価格との均衡、交通機関等との近接状況等を調査し、同年五月二一日文京税務事務所会議室において口頭審理を行ない、その際、原告の陳述によって、原告の不服の具体的理由は、原告所有地の面する道路の幅員が六尺(一・八一八メートル)であって車の通行は不可能であり、そのうえ、建築制度も受けているので、評価にあたってこれらの事情を斟酌しなかったのが失当であるという点にあることが判明するにいたったので、被告委員会は、同月二七日前記調査による資料、東京都荒川税務事務所長の提出に係る報告書等に基づき、原告の不服の具体的理由も検討した結果、東京都知事の決定した価格が適正であると認め、本件棄却決定に及んだのである。

(三)  およそ、固定資産税の対象となる宅地の評価は、自治大臣の定めた固定資産評価基準に従い、各筆の宅地について評点数を付設し、当該評点数を評点一点当たりの価額に乗じて各筆ごとの土地の価額を求める方法によるものであるが、市街地的形態を有する土地については、「市街地宅地評価法」により、まず、(イ)宅地を商業地区、住宅地区、工業地区等に区分し、(ロ)当該各地区についてその状況が相当に相異する地域ごとに、その主要な街路に沿接する宅地のうちから標準宅地を選定し、(ハ)この標準宅地について、売買実例価額から適正な時価を求め、(ニ)標準宅地の時価に基づき該宅地に沿接する主要な街路に路線価を、また、標準宅地の時価に比準して主要な街路以外の街路に路線価を付設し、(ホ)この路線価を基礎として「画地計算法」により、各筆の宅地の評点数を付設するのであり、(ヘ)また、評点一点当りの価額は、宅地の指示平均価額に宅地の総地積を乗じ、これをその付設総評点数で除した額に基づいて市町村長が決定するのである。ところで、固定資産の価格とは、適正な時価を意味し(法三四一条五号参照)、もとより、客観的なものであって、固定資産の所有目的のごとき所有者の主観的事情によって左右されるべきものではない。したがって、固定資産評価基準が、右のごとき要領によって固定資産の客観的価格を算定することとしているのは、相当であるというべきである。

いま、原告所有地の価格の決定についていえば、原告所有地の地区区分は、普通住宅地であり、その評価の基礎となる標準宅地は、固定資産評価基準に基づいて定められた東京都固定資産評価事務取扱要領によって荒川区町屋二丁目二一四番地と選定され、標準宅地の適正な時価は、荒川区町屋二丁目(二件)及び同三丁目地内(一件)における三件の売買実例価額を基準として、次のとおり三・三平方メートル当り二万九、八〇〇円と算定した。すなわち、第一売買実例地は、標準宅地より約五〇メートル離れていて、宅地条件や交通機関との近接条件等は全く同じであるが、面接通路の幅員の関係で、標準宅地の方が売買実例地より四パーセント程度劣るので、売買実例地の売買価額三・三平方メートル当り九万円ないし一〇万円から不正常な要素を控除し、かつ、固定資産評価の立場からみての減算を行なった適正価額三・三平方メートル当り三万一、〇〇〇円の九六パーセントに当る二万九、八〇〇円と、また、第二の売買実例地については、当該土地の面する私道が行止りであって、標準宅地の方が二五パーセント程度優位と認められるので、売買実例価額三・三平方メートル当り六万円ないし六万五、〇〇〇円から不正常な要素を控除し、かつ、固定資産評価の面からの減算を行なった適正価額三・三平方メートル当り二万一、一二〇円の一・二五倍に当る金額に、さらに、街路条件についての優位率一・一三を乗じた二万九、八〇〇円と、第三の売買実例地については、交通機関への近接条件の点において標準宅地の方が売買実例地よりも四パーセント勝っているので、売買実例価額四万円から不正常な要素等を控除した適正な価額三・三平方メートル当り二万八、七〇〇円の一・〇四倍に当たる二万九、八〇〇円と算定した。

また、本件標準宅地に沿接する街路の路線価は、前記取扱要領より、本件標準宅地の三・三平方メートル当りの適正時価二万九、八〇〇円を画地係数一・〇四(奥行一〇〇パーセントと側方加算四パーセントの合計)で除して得た二万八、七〇〇円であるが、原告所有地に沿接する街路の路線価は、該街路の幅員が一間半(二・七二七メートル)であって本件標準宅地に沿接する街路より約一間(一・八一八メートル)狭いので、二万七、六〇〇円と決定した。かくして、原告所有地に付設された三・三平方メートル当りの評点数は、二万七、六〇〇点であり、これに乗ずべき一点当りの価額は、固定資産評価基準に従い、次の算式によって定められた一円である。

自治大臣の指示平均価額45,172円×評価総地積80,339,266/付設総評点3,629,092,930=1円

(四)  原告は、東京電力株式会社所有地や旭電化工業株式会社所有地の評価方法と比較して、原告所有地の評価方法の違法をいうのであるが、右各会社所有地は、いずれも、原告所有地から約八〇〇メートル離れたところにあり、その評価の基礎となった路線価は、原告所有地の場合とは異なる標準宅地により決定されているのであるから、両者を比較すること自体が失当であるといわなければならない。さらに、この点を詳述すると、東京電力所有の荒川区尾久一丁目二四六番の一の土地の評価の基礎となった路線価は、二万七、六〇〇円であるが、同土地は、袋地形状の土地であるため袋地補正(一五パーセント減)をしたうえで、三・三平方メートル当り評価額が二万三、四六〇円と決定されたものであり、右路線価付設のために選定された標準宅地は、荒川区荒川五丁目二九番の二の土地で、その三・三平方メートル当りの評価額は、三万二、二〇〇円である。また、旭電化工業所有の荒川区東尾久七丁目二、八五〇番の一ほか十数筆の土地の評価の基礎となった路線価は、三万二、二〇〇円であるが、同土地は、その所在する地区が大工業地区に指定されているため、工業敷地となっている十数筆の土地は、各筆ごとに評価されずに全体が同一画地として評価され、奥行逓減等の考慮もなされていないので、その三・三平方メートル当りの評価が路線価と同じ額で三万二、二〇〇円と決定され、この場合の標準宅地は、荒川区町屋四丁目一、一九九番の五の土地で、その三・三平方メートル当りの評価額は、五万六〇〇円である。したがって、右各会社所有地と原告所有地との価額を比較し、原告所有地の評価が租税公平負担の原則に違反するとの原告の主張は、失当である。

第四証拠関係≪省略≫

理由

地方税法の規定によれば、固定資産の価格は、市町村長(都にあっては都知事、以下同じ。)が、毎年、被告主張のごとき固定資産評価基準の定める複雑な方式、手順に従って固定資産評価員の行った評価に基づいて決定し(四一〇条、七三四条一項参照)、これを固定資産課税台帳に登録する(四一一条参照)のであるが、固定資産課税台帳に登録された価格について不服のある固定資産税の納税者は、固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができ(四三二条一項参照)、その申出を受けた審査委員会は、必要と認める調査、審査申出人の提出に係る証拠の取調べ等を行なう(四三三条一項、七項参照)が、特に審査申出人の申請があるときは、特別の事情がある場合を除き、口頭審理の手続によらなければならず(同条二項参照)、口頭審理においては、審査申出人、市町村長又は固定資産評価員その他関係者の出席および証言を求めることができ(同条三項参照)、その手続は、公開しなければならず(同条六項参照)、また、固定資産評価審査委員会の決定に対しては、取消訴訟を提起することができる(四三四条一項参照)が、固定資産税賦課処分の取消訴訟において固定資産の価格ないし固定資産評価審査委員会の決定の違法を争うことは許されない(同条二項、四三二条三項参照)こととなっている。このように、法律が固定資産の評価について特に不服申立てを認め、また、固定資産評価審査委員会なる独立した第三者機関を設けてその審査に当たらせることとしているのは、固定資産の評価には、専門技術的な知識、経験を必要とし、多分に主観的・恣意的な要素の加わる恐れがあるところから、納税者の権利・利益を保護するために、事後的にもせよ、また、その争訟の方法が限定されているとはいえ、評価の客観的合理性を担保させ、もって、固定資産税の適正な賦課に遺憾なきを期せしめんとする趣旨に出たものであるというべく、なかでも、口頭審理の制度は、右の趣旨を徹底するため、審査申出人に対して手続参加の権利を与えたものであるが、口頭審理にあって審査委員会が―自ら又は市町村長ないし固定資産評価員により―審査申出人に対し不服の限度に応じて評価の根拠・計算方法等価格決定の理由を明らかにすることは、審理の基礎的な要請であり、これによってはじめて審査申出人をして法律上保障された攻撃・防禦の方法を尽さしめることが可能となるのであるから、審査申出人に対して価格決定の理由を示さずになされた審査決定は、固定資産課税台帳に登録された価格自体の適否如何にかかわらず、違法なものとしてその取消しを免かれないと解するのが相当である。

いま、本件についてこれをみるのに、被告委員会が原告の申請によって口頭審理を行なったことは、当事者間に争いがないが、所論土地の固定資産課税台帳に登録された価格についての原告の不服の理由が、審査申出の当初はともかくも、口頭審理の段階では、所論土地の面接する道路の幅員が六尺(一・八一八メートル)であって自動車の通行は不能であり、そのうえ、建築制限も受けているので、評価にあたってこれらの事情を斟酌しなかったのが失当であるという点にあることが判明していたことは、被告の認めて争わないところである。しかるに、本件に現われた全資料をもってしても、被告委員会が右の口頭審理にあたり、原告に対してその主張のごとき事情が所論土地の評価にあたって斟酌されたかどうかを明確ならしめる限度において、その評価の根拠、方法等価格決定の理由を明らかにしたことを認めることができない。

されば、本件審査決定は、すべてこの点において取り消すべきであり、原告の本訴請求は、理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

なお、原告は、地方税法の関係規定の違憲無効を主張しているが、裁判所に与えられた法令審査権は、当該法令の違憲かどうかを決定することが事案の解決のために必要とされる場合に、その必要とされる限度においてのみ行使すべきであるが、本件審査決定の取消しを求める原告の請求の理由あることは、前記説示のとおりであるから、違憲の主張については、敢えて判断を加えないこととした。

(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 中平健吉 裁判官斎藤清実は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 渡部吉隆)

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